苦しい。息ができない。
またこの時間がやってくる。
動けない。眠れない。お腹すいた。誰か助けて。。
ただ普通に暮らしていたかった。
普通でいい。普通がいい。
普通に息ができること、眠れること、ご飯が食べられること。
そんな当たり前の生活も、もう叶わない。
何も気にせず、生きていたかった。
普通の、当たり前の暮らしが幸せだった。
2019年、化学物質過敏症を発症。
私の幸せがどん底に落ちた瞬間だった。
私のこと
初めまして。ヤマダです。
結婚し3人のかわいい子どもたちに恵まれ、戸建てを購入してから2年経った2019年。
幸せ絶頂期だった時に、化学物質過敏症を発症しました。
自宅にある消耗品は全て化学物質無添加、無香料生活。外食ではあまり気にせず、好きなものを食べるけれど、自宅での食事では添加物は一切取らず、食料品も全て無農薬や有機のものを使用。甘いものはあまり摂らず、お菓子は手作り。これまで人一倍、健康には気を遣って生きてきました。
ですが、引っ越してきた近隣住人による香害により、化学物質過敏症発症。
生活は一変し、自宅にいることができなかったり、眠れぬ日々が続き、体調不良も多く、なぜ私ばかりと卑屈になり、子どもたちにも当たってしまう生活。夫の理解はない。
自分はもちろん、子どもたちの健康と安全を守るために住まいを変え、化学物質から逃げる生活を余儀なくされました。
現在は瀕死状態から一変し、化学物質過敏症ではない方々と同じように生活できており、いわゆる寛解したといっていい状態です。
経歴
私の化学物質過敏症の簡単な経歴を掲載します。
ご近所トラブルも一切なく、子どもたちの年齢も近いことから付き合いも良好。洗濯物(柔軟剤あり)を外に干す方、たまに外で煙草を吸われる方など近所にもいましたが、特に気にせず毎日外遊びするほど楽しく過ごしていました。
お隣さんが引っ越し、入れ替わるように香害さんが入居しました。(戸建てです)
引っ越し業者さんによる引っ越し作業中、当時子どもたちと家の前で外遊びをしておりました。その時から嫌な予感はしており見事的中。隣接する換気口から寝室、リビングダイニングへ香害が侵入し、すぐさま体調不良が発動。化学物質過敏症や香害への知識もあったため、すぐになってしまっただろうなと思いました。対策する暇ももらえませんでした。
唯一、隣の家の洗面所があるであろう場所から、一番離れた場所にある子ども部屋だけ、呼吸ができました。それ以外の部屋は全て汚染されていたため、一歩部屋の外へ出ると節々が痛い、頭痛や耳鳴りもひどく、永遠に目が回っている状態で全く動けない、呼吸を拒否するかのように喉が痙攣状態になり呼吸ができない、なのに吐き気があるなど、家にいるだけで曝露する状態が続きました。恐ろしいことに外にもにおいが充満しているため、外へ出る、車へ乗るのも一苦労です。
私一人ではどうすることもできず、当時単身赴任をしていた夫へ相談するも全く頼りにならず、お隣さんへ相談することを決意しましたが、近寄れないことが判明。購入してあった防毒マスクをつけ、資料を持って端的に話をするも、理解されず、挙句罵倒される始末。5分で精神的にも体力的にも限界がきて、退散しました。

のちに防毒マスクのゴムやプラスチック剤等にも曝露することが発覚しました…
唯一の子ども部屋もすぐに汚染されるようになり、起き上がることが困難になっていわゆる瀕死の状態です。生きているのか死んでいるかも自分ではわかりませんでした。
自宅から離れ避難所での生活スタート。
家を買う前にいつもお願いしていた知人の不動産屋さんに相談し、反応が少なそうな物件を選択。部屋が決まり引っ越しまでの間に、部屋全体をナチュラルクリーニングで清掃し、可能な限りオゾン脱臭してもらうよう、知人に依頼しました。感謝してもしきれません。
ほとんどのものが汚染されているため買い替えを余儀なくされましたが、この作業もなかなかしんどくて、家電関係は特に曝露していたりとだめでした。
行ったところで治療法はないとわかってはいましたが、周囲への理解を得るため、化学物質過敏症専門病院へ行き、診断書をもらいました。あるのとないのでは、周りの理解の早さも違いますし、もはや印籠のようになっていました。
においや化学物質を感知はしつつも、症状が現れることはなくなり、化学物質過敏症ではない方々と同じように生活できています。いわゆる寛解状態です。ですが、またいつ症状が現れるだろうという不安は常にあるため、化学物質を浴びないようにする生活は変えておりません。
発症から時間が経つほど治りにくくなるであろうと事前情報があったため、身の回りや体内から化学物質を排除することだけに努めました。とんとん拍子とは言わずとも、短期間で住む家が決まったのも救いでしたが、最終的に今(香害の家の隣)よりマシなところという目標だけで探していました。
自分をおく環境を変えること、これに尽きると肌で感じています。
化学物質過敏症のサイトを作ろうと思った理由
- 医学者による疫学調査では、化学物質過敏症の有病率が、成人人口の7.5%である
- 新潟県上越市が2010年7月に行った調査では、市内の小中学生の14,024名のうち1,734名(12.4%)の児童が、化学物質過敏症の症状を呈している
- これらの数字を実数に直し足し合わせると、化学物質過敏症の推定患者数は1,000万人以上となる
2009年10月1日に厚生労働省は、化学物質過敏症は中毒の項に分類されて登録されましたが、未だ診断基準も治療法も確立されていません。それどころか、化学物質過敏症を診断できる病院は日本国内に数院しかないこと、医師の理解も少なく、社会的認知度もありません。化学物質過敏症は大人よりも子どもの発病率が高く、発症する人は年々増加傾向にあります。


目に見えない被害であるため、自覚のない患者も多いでしょう。認知度が少ないが故に「気のせい」「神経質」「精神病」「頭がおかしい」そのように言われることも、少なくないと思います。



夫や親の理解を得ることも難しかったので、他人に理解していただくことは奇跡なのかなとも思いました。
ただでさえ身体が辛いのに、心も精神も病んでしまう。化学物質過敏症は本人だけの問題ではなく、いつ・誰がなってもおかしくはない病気にもかかわらず、このような状況であることがとても恐ろしく感じています。


理解はできなくても、この現実を知ってほしいのです。
沈黙をいいことに、企業はやりたい放題。
この沈黙や無関心は現状肯定とみなされています。このままでいいわけがありません。
そして、化学物質過敏症の方にとって必要な情報が本当に少ないのは、当サイトをご覧くださっている方なら既にご存知のことと思います。わたし自身もとても苦労しました。化学物質過敏症の治し方は「祈り」と書かれているサイトを見つけたりして、何事かと…
このサイトを立ち上げることとしました。
広告収入について
当サイトでは、第三者配信の広告サービスを利用しています。
いただいた収益は、化学物質過敏症や香害について啓発活動資金として使用していたり、今後の目標として
- 化学物質過敏症の方向けの避難所や宿泊施設を作りたい
- 化学物質過敏症の方向けの安心して暮らせる住居や村を作りたい
大きすぎる野望ですが、そのための資金として貯めています。



化学物質過敏症の方が少しでも過ごしやすい環境を作るべく!頑張ります!
化学物質過敏症に悩むすべての方へ
化学物質過敏症と診断され、一時は寝たきり状態で起き上がることも困難になり、この世の全てを恨みながら、このまま衰弱死するのではないだろうかと思っていた私ですが、今では日常生活に困ることなく、普通の人と同じように生活することができています。
化学物質過敏症はよくコップ一杯の水に例えられます。コップに入れる水が一杯になるとこぼれ出るように、人体には有害物質に対抗できる能力を一定量だけ備えています。その一定量を超えてしまうことで、病気が溢れ出てくるそう。その日々蓄積されたものにより発症するとされ、故に一度に全てが良くなることはありません。身体の声を聞きながら、少しずつ改善して元の生活を取り戻しましょう。
治療法がない不治の病。一生治らない。そんなことは絶対にありません!私も治ったのだから、きっと大丈夫。心より応援しています。



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