化学物質を原因とする損害賠償請求・労災まとめ

化学物質を原因とする損害賠償請求・労災まとめ

日本でも、化学物質による損害賠償請求や労災がいくつか報告されています。これらの事件は、化学物質を原因とする化学物質過敏症・シックハウス症候群発症の具体的な実害が証明されたものです。一つずつ見ていきましょう。

もくじ

化学物質被害 過敏症、初の労災認定

男性会社員は2002年5月以降、職場で塗料に含まれる化学物質を直接吸ったことが原因で高熱と頭痛、気管支ぜんそくが出て、愛媛県内の労災病院に緊急入院。この後、紹介された岡山県の国立療養所南岡山病院で、化学物質が遮断された「クリーンルーム」で厳密に検査をしたところ、塗料に含まれていた微量のトルエン、キシレンで体調の変化が現れた。このため、両病院は、非常に微量で多種類の化学物質に反応するなどの米国の化学物質過敏症診断基準に当てはまるとして化学物質過敏症と診断した。

労基署は化学物質過敏症ではなく、トルエンとキシレンによる健康被害で2003年4月に労災認定した。厚労省は「化学物質過敏症は法令上規定された疾病ではないが、明らかに業務上の原因で発症したと認められる部分があるならば、労災認定されることになる」と説明している。

業務上の「疾病」の範囲は、労働基準法施行規則35条、同別表第1の2で具体的に列挙されています。例えば、化学物質等による疾病の場合、

  1. 厚生労働大臣の指定する単体たる化学物質及び化合物(合金を含む。)にさらされる業務による疾病であつて、厚生労働大臣が定めるもの
  2. 弗素樹脂、塩化ビニル樹脂、アクリル樹脂等の合成樹脂の熱分解生成物にさらされる業務による眼粘膜の炎症又は気道粘膜の炎症等の呼吸器疾患
  3. すす、鉱物油、うるし、テレビン油、タール、セメント、アミン系の樹脂硬化剤等にさらされる業務による皮膚疾患
  4. 蛋白分解酵素にさらされる業務による皮膚炎、結膜炎又は鼻炎、気管支喘ぜん息等の呼吸器疾患
  5. 木材の粉じん、獣毛のじんあい等を飛散する場所における業務又は抗生物質等にさらされる業務によるアレルギー性の鼻炎、気管支喘ぜん息等の呼吸器疾患
  6. 落綿等の粉じんを飛散する場所における業務による呼吸器疾患
  7. 石綿にさらされる業務による良性石綿胸水又はびまん性胸膜肥厚
  8. 空気中の酸素濃度の低い場所における業務による酸素欠乏症
  9. 1から8までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他化学物質等にさらされる業務に起因することの明らかな疾病

の九類型が規定されています。

 このように、法は、医学的にみて業務に起因して発生する可能性が高い疾病を有害因子と業務の種類ごとに類型的に列挙しています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕793頁参照)。

 逆に言うと、ここに掲げられている疾病以外の疾病は、業務に起因して発生するのかが良く分からないということです。そのため、上記「9」のような包括的な規定は、存在していても、実務上、それほど多く活用されているわけではありません。

発生機序の良く分からない疾病(化学物質過敏症)に業務起因性が認められた例|師子角総合法律事務所

発生機序が良く分からず、また、労働基準法施行規則で対象疾病として掲げられていない疾病だから認められなかった、ということでしょう。化学物質が原因で労災認定されているため、今回掲載することにいたしました。

【後遺症初認定】殺菌消毒剤を原因とする化学物質過敏症を発症

化学物質グルタルアルデヒド(GA)を含む殺菌消毒剤を使って消毒・洗浄作業中、化学物質過敏症になったのは勤務していた大阪掖済会病院(大阪市西区)が対策を怠ったためとして、同区の元看護師(51)が病院を運営する社団法人日本海員掖済会(東京都中央区)に慰謝料など2488万円を求めた訴訟の判決が25日、大阪地裁であった。大島眞一裁判長は「防護マスクやゴーグルを着用するべきだった」と病院側の安全配慮義務違反を認定。後遺障害の逸失利益などを含む1063万円の賠償を命じた。

労働者の化学物質過敏症による後遺障害分も認めたのは初めて。労災認定でも基準がなく、判決は同じ症状を訴える患者の救済の枠組みを広げそうだ。

判決によると、女性は94年から同病院に勤務。検査課に配属され、換気が不十分な部屋でGAを含む薬剤で内視鏡等の洗浄などをしていたが、98年頃から口内炎や、目、鼻、の異常が起き、01年に退職した。その後も排ガスやたばこの煙などでも症状が出て、04年に化学物質過敏症と診断された。

  • 被害者の方の氏名は割愛しております。
後遺症初認定

花王化学物質過敏症裁判

花王の工場に勤務していた元従業員の男性が、有害な化学物質にさらされたことで「化学物質過敏症」になり、退職を余儀なくされたとして、同社に約4700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が2日、東京地裁であった。梅本圭一郎裁判長は花王の責任を認め、同社に約1995万円の賠償を命じた。

訴状によると、男性は1985年に入社。93~2001年、花王の和歌山工場でクロロホルムなどを扱う検査分析業務を担当した。頭痛や目まいなどの症状に悩まされるようになり、化学物質過敏症と診断されて12年に退職した。

男性側は、作業場所の排気設備が不十分で、有害物質を防ぐ機能のあるマスクや手袋などの保護具も支給されなかったと主張。花王が雇用契約に基づく安全配慮義務に違反していると訴えていた。

 私たちがこの裁判で目的としたものは「業務による有害物質のばく露によりCSを発症した」との判決を得る事の一点だけでした。日本では、なかなかCSへの理解が進まず、いまだに「CSは心因症だ」などと決めつけ、疾病として認めない意見が大勢の中、CS患者は不当な扱いを受け、多大な不利益を被っています。特に、CSを発症し有害物のため学校に行くことが出来ない子供達が不当な扱いを受けていることについては強く心を痛めています。労災認定においても状況は酷く、厚労省はCSを労災として認定させないため、特別に「個別症例検討会」なるものを設置し、CS案件は実質ここで決定がされるようになりました。

 一般的に「検討会」が設置される場合は肯定派・否定派の立場の専門家を同数で構成するものですが、この「個別症例検討会」は否定派の医師4名だけで構成されていました。従って、当然全て「不支給決定」にされ、その検討内容なども一切公開されることもありません。そのような中、CSの発症者は増え続け、「香害被害」という言葉も生まれました。更に法令の改正等により、労働条件はどんどん悪くなっており、次の若い世代の安全・健康に就労する権利が脅かされていくことへの危惧もありました。私たちは、少しでもこの流れを変える力になりたいとの思いだけでこの裁判を戦いました。

 結果としては、判決で「原告は、被告在職中に検査分析業務に従事する過程で、大量の化学物質の暴露を受けたことにより、有機溶剤中毒に罹患し、その後、化学物質過敏症を発症したと認められる。」、「被告の安全配慮義務違反と原告が化学物質過敏症に罹患したこととの間には、相当因果関係があると認められる。」と認めていただく事ができ、CSという疾病が社会的に認められるためのステップを1段上がることが出来たと考え、ここでの目的は達成できたと思います。

中略

この就労環境での有機溶剤等暴露とCS発症との因果関係との証明ですが、これは5名の専門医による診断結果と、うち3名の専門医による意見書、これら内容の全てが同じ方向性を示し、原告の主張と矛盾しなかったことで、裁判官に「急性有機溶剤中毒を繰り返した結果、慢性有機溶剤中毒へと悪化し、更にCSに罹患した。」と認めていただく事ができました。冒頭にも書きましたが、社会がCSという病気を認めようとしない現状で、裁判でCSという疾病が認められた、画期的な判決をいただく事が出来ました。

シックハウスによる健康被害で初の勝訴!

新築マンションの部屋でシックハウス症候群にかかったとして、購入した女性が販売者の「ダイア建設」(東京都新宿区、民事再生計画確定)を相手に購入費や慰謝料など約8800万円の賠償を求めた訴訟で、東京地裁(酒井良介裁判官)は1日、同社に約3700万円の賠償責任があると認定した。原告側によると、シックハウスによる健康被害を認めた初めての判決。

シックハウス初認定

シックハウス問題に詳しい関根幹雄弁護士は「非常に画期的な判決。同種訴訟で敗訴しそうになると、和解に持ち込み公表を避ける業者が多いので、勝訴判決は珍しい。業者の不法行為(ずさんな説明)やシックハウスのみならず化学物質過敏症の健康被害を認定したのも初めてだろう」と述べている。

「真実の口」38 シックハウス健康被害で勝訴!|ASK株式会社

【労災認定】殺菌剤拭き取り作業で化学物質過敏症に

女性は2012年2月、当時勤めていた岩見沢市の回転ずし店で、トイレに散布された殺菌剤の原液を拭き取る作業に従事。その後、頭痛や舌のしびれなどを感じ、化学物質過敏症と診断された。

女性は岩見沢労働基準監督署に労災を訴えたが、作業と症状との因果関係が認められず、17年5月に提訴した。長谷川裁判長は「化学物質過敏症は拭き取り作業に起因したものと認められる」とした。

【労災認定】有機溶剤中毒による化学物質過敏症り患について損害賠償を命じた事例

東京地裁平成30年7月2日判決は、化学物質を取り扱う検査業務に従事していた労働者が有機溶剤中毒、ひいては化学物質過敏症にり患したという事案について、以下のとおり述べ、使用者に安全配慮義務違反があったとして損害賠償を命じました。

まず、判決は、以下のとおり述べて、労働者が業務中に化学物質に曝露されていたことで有機溶剤中毒にり患したと認定しました。

「原告は,本件検査分析業務に従事する過程で,長期間にわたって,相当多量のクロロホルムやノルマルヘキサン等の有機溶剤に曝露されていたことが認められる。」
「原告は本件検査分析業務を行っていた平成5年9月から平成13年6月の間,頭痛,微熱,嘔吐,咳などの症状があったこと,同月15日には被告の産業医に体調不良を申し出て,職場の異動を希望していること,その後も体調不良を訴えて就労場所が複数回変更されたことが認められるところ,前記原告の症状のうち本件検査分析業務を行っていた際の症状は,認定事実(2)記載の有機溶剤中毒の症状に合致し,本件検査分析業務を外れた後については,認定事実(1)ウ及びオ(イ)記載の化学物質過敏症の症状に合致している。」
「原告は,複数の医師から,有機溶剤中毒及び化学物質過敏症に罹患したと診断されているところ,これらの診断は,赤外線瞳孔検査機による自律神経機能検査,眼球追従運動検査(I医師による診断。甲46),眼球電位図による眼球運動評価,電子瞳孔計による瞳礼対光反応評価(M医師による診断。甲52)等,厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班が提示した診断基準(認定事実(1)オ(イ))の検査所見に対応する検査方法を用いていることから,化学物質過敏症の病態等がいまだ完全に解明されていないことを考慮しても,信頼するに足りるものである。」
「これらの本件検査分析業務の内容,原告の症状発症の経過,医師による診断内容を総合すると,原告は,本件工場内の研究本棟において,本件検査分析業務に従事する過程で,大量の化学物質の曝露を受けたことにより,有機溶剤中毒に罹患し,その後,化学物質過敏症を発症したと認めるのが相当である。」

このように、化学物質に長期間曝露されていたこと、症状の経過、医師の診断などから、業務中の化学物質曝露が有機溶剤中毒の原因であるとしました。

その上で、以下のとおり、使用者には、局所排気装置等設置義務、保護具支給義務、作業環境測定義務があったのに果たさなかったとして、安全配慮義務違反を認めました。

化学物質を原因とする損害賠償裁判や労災認定は非常に困難!

因果関係を認めない厚労省・利権に塗れた労基署

 厚生労働省は、2007年6月に「化学物質に関する個別症例検討会」を設置した。化学物質過敏症で労災請求すると、必ず労働基準監督署は労働局を通じて、この検討会にかけられる。詳しい根拠は個人情報と言う事で全く闇の中。化学物質過敏症は「化学物質を吸引し続け急性期の症状が慢性化したもの、あるいは、化学物質を吸引し続けたことによる遷延化した症状」であるが、遷延化した症状については「未だ医学的な合意が得られていない」という理由で、必ずばく露との因果関係を認めないという意見を出すのだ。

 そこで、被災者が、使用者に対する民事損害賠償裁判を起こし、丁寧な立証ができた場合については、支払いが命じられる認められることもある。しかし、本来被災者が望んでいる治療に専念できる継続した補償というものは実現していない。

 過労死の労災認定基準も数多くの被災者や遺族が、不当な不支給決定の取り消しを求める行政訴訟を闘い、いくつもの判例を積み重ねた結果、ようやく改正されてきた経過がある。同じことを化学物質過敏症の被災者に求めることは極めて難しい。労災請求、民事損害賠償裁判と併せて、政治的な取り組みも必要だ。

労基署に被告の法令違反を申告し臨検調査をするよう求めたところ、2014(H26)年9月24日に被告に対し是正勧告が行われ、「有機溶剤業務を行う作業場所に、有機溶剤の蒸気の発散源を密閉する設備、局所排気装置又はプッシュプル型換気装置を設けていない(安衛法第22条(有機則第5条)違反)」、「定期に有機溶剤濃度を測定していない(安衛法第65条第1項(有機則第28条第2項)違反)」、「有機溶剤等を入れてあった空容器で有機溶剤の蒸気が発散するおそれのあるものについて、当該容器を密閉するか、又は当該容器を屋外の一定の場所に集積していない(安衛法第65条第1項(有機則第28条第2項)違反)」といった法令違反が明らかになり、原告の就労環境が違法な状態であった事を証明することが出来ました。

 しかし、この是正勧告書の内容を明らかにすることは簡単ではありませんでした。まず、労基署に情報開示を求めたところ、労基署は「業務上の秘密」や「以後、花王の協力を得られなくなると困る。」等の理由でこれを拒否しました。

化学物質過敏症患者にとって、労災請求や民事損害賠償裁判を通じて正当な補償を求めることの難しさが、ここでおわかりいただけると思います。化学物質過敏症の方にとって、証拠収集や裁判はとても困難な試練で、体調不良でありながら、時間と費用がかかるだけでなく、不当な却下や情報の非公開など、不条理な状況に直面することも少なくありません。被害に遭われた方の苦しみや願いに寄り添い、適切な補償と公正な判断を求めるためには、労災請求や民事損害賠償裁判だけでなく、政治的な取り組みも必要とされています。被害者の声を届け、制度や対応の改善に向けて力を合わせましょう。

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